4月1日に「着校」し、5日の入校式をもって正式に「入校」となりますので、この5日間、新入生は「お客様期間」です。上級生もみな優しく、掃除は2年生がやってくれるし、見よう見まねで挨拶しても笑顔で答えてくれました。
そしていよいよ、入校式のあと新入生の家族や来賓を交えた午餐会が終わり、夜になりました………。
まず夜19:30からの点呼で、優しかったはずの先輩方が豹変しました。急いで整列するべく廊下に出ると、至る所から先輩方の爆音の罵声が飛び交います。
「さっさと集合しろやオラァ!!!!」
「モタモタしてんじゃねぇぞオラァ!!!」
「テメェらいつまでお客さんのつもりだコラァ!!!!」
これはもう、罵声と怒声の5.1chサラウンドや!!!©️彦摩呂師匠
整列が終わったところで、中隊学生長さま(4学年から選ばれた、品行方正・成績優秀な、約100人の学生をまとめるリーダー的存在)からありがたいお言葉が。
中隊長「お前ら!入校した以上は徹底的に指導する!お前ら徹底的にそれに応えろ!」
1年坊主一同「ハイ!!!!!!!!!!!!!」
中隊長「喜べ!」
1年坊主一同「ハイ!!!!!!!!!!!!!」
中隊長「腕立て用意!」
1年坊主一同「ハイ!!!!!!!!!!!!!」
この日からしばらくは、自室以外は全て戦場でした。廊下に出るたびに毎日文字通り100回くらい怒鳴りつけられて、上級生の部屋に呼び出されてそこで「指導」を受けて、始動の度に報告書という名の反省文を書く、の繰り返し。報告書はボールペンで書くのですが、書式は厳格に決められており、修正液など当然使用不可、ボールペンの先の「インク溜まり」が残っただけで書き直しになります。じっくり丁寧に書いたのに、最後の最後の行でインク溜まりをつくってしまった時の絶望は、実にえもいはれぬものです。要領が悪いと、これを毎日何十枚も書くハメになります。
↑起床から消灯まで分刻みで追い立てられているので、大量の報告書(反省文)を課された場合、消灯後に唯一照明のあるトイレ(大)にこもってひたすら書く。
↑スタイルはそれぞれ。
いろんな理由で指導は入るのですが、その際たるものは容儀、つまり身だしなみです。アンサイクロペディアにあるように、防衛大学校はアイロンと掃除のプロを養成する学校です。とにかくアイロン、アイロン。自衛隊ではアイロンではなくプレスと言いますが、毎日何着も制服や作業服のプレスを当てます。制服は当て布をつけて繊維が傷まないように丁寧に(←当て布しないで、焦がしてシバかれるヤツもいました)、作業服は「カンターチ」というアイロン用スプレー糊をベッチャベチャになるまで吹きかけて、高温のアイロンでジューーッとやって、折り目をガッチガチに(←服がまるでロボットみたいになるので、通称”ガンダムプレス”と呼ばれていました)。作業服なんかすぐ清掃作業等でヨレヨレになるのに、ヨレるたびにプレスを当てます。
↑アイロンのりをべっちゃべちゃに吹きかけ、アイロンでジュワーっと固めたガンダムプレス。
基本的にすべての防衛大生はアイロンに青春を捧げるので、結果として、その辺のクリーニング屋より高いレベルの技術を要するようになります。私は今でも、クリーニング屋から返ってきたズボンのプレス線がズレてたり二重だったりすると、めちゃくちゃ腹が立ちます。よくこんなんで金を取ってるなと憤慨します。同時に我慢できなくなって、霧吹きとアイロンでプレスラインを修正します。
また、当然ながらプレスのほかに靴磨き、帽章・襟章磨きも大切です。
靴は文字通り鏡のように、自分の顔が映るまで磨きます。布と歯ブラシを使って塵ひとつないくらいに汚れを落とし、靴クリームをべちゃべちゃに塗りたくり、靴の隅々まで塗り込みます。そして数分間放置ののち高速ポリッシュ、そしてつま先を鏡面磨き。クリームを塗りたくってからライターで炙るという技もあるのですが、失敗すると官品(国から支給されたもの)である靴が傷んでしまうので、我々の小隊では禁止されていました。
帽章・襟章は、あらゆる金属をピカピカに輝かせてしまう魔法の液体、その名も「ピカール」を使用します。この液体はマジで優れものです。
↑あらゆる金属を光らせる魔法の液体
で、その容儀を上級生が点検するわけです。キヲツケで点検を受け、全身の隅々までチェックされます。チェックの結果の不合格を「不備」と言い、例えばアイロンが甘かったら「プレス不備」、襟章帽章がピカピカに光ってなかったら「ピカール不備」という風に、指摘を受けます。指摘を受けたら大声で「プレス不備!!!」などと復唱し、報告書(反省文)とともに、週番である上級生の再チェックを受けることとなります。
入校当初4月の頃はどんなに完璧に仕上げてても「100%絶対不合格」がデフォルトです。点検中は至る所から、1年生の不備を復唱する「○○○不備!」の大声が聞こえてきます。「プレス不備」や「ピカール不備」は頻発するのですが、たまに「ヤル気不備!」「目の輝き不備!」「全部不備!」などという、どうせえっちゅうねんという無慈悲な復唱も聞こえてきます。
↑全ては上級生の虫の居所次第
入校して数週間は土日含め外出不可であり、しばらくはこのような地獄の日々が続きました。訓練がキツイとか体罰が酷いとかそういうことではなく、精神的な追い込みが、徐々にメンタルを削って行きます。そして、日に日に同期がひとりまたひとりと辞めて行くのでした……
つづく…