裏なんば、昭和が眠るスナックにて

大阪・裏なんば。雑多な通りからさらに細い裏路地に入ると、そこにひっそりと口を開ける古ぼけたスナックがある。

1958年——まだ街角に真新しいネオンが瞬き、路面電車のベルが夕暮れを震わせていた頃に生まれた店だ。今はもう営業しておらず、この日は特別に鍵を開けてもらった。

かなり長いあいだ閉ざされていた空気は重くよどみ、カビの匂いを含んで鼻を刺す。しかし、その底には、煙草とウイスキー、そして笑い声が幾千の夜に溶け込んだ記憶が、まだ温もりを失わず眠っていた。

——あの頃。扉を押せば、琥珀色のランプが柔らかな影を落とし、カウンターの中では女給たちの笑い声が水泡のように弾ける。男たちはネクタイを緩め、灰皿に煙を山と積み、グラスを片手に声を張って歌った。ジュークボックスからは、美空ひばりの澄んだ歌声やクレモンティーヌの旋律が溢れ、店全体がひとつの拍子を刻んでいた。氷の転がる音、グラスの触れ合う響き、煙の向こうで笑う顔——そこには「明日は永遠に続く」と信じきった夜があった。

今、カウンターの奥に並ぶ無数のキープボトルは、その夜の証人である。首にかけられた札には、かつての常連客たちの名。「もう、この人たちも、ほとんど亡くなったと思いますよ」店主の淡々とした声が、時の流れを鋭く突きつける。奇しくもこの日はお盆。黄泉の国の扉が開き、死者が帰ってくる季節だ。一本一本のボトルが、無言で、しかし確かに私に語りかけてくるようだった。

赤いワンピースの女性の写真を見せてもらった。美人ママさん。真紅の布地がフラッシュの光を受けて艶やかに輝き、弾けるような笑顔が、画面の中で今も息づいているようだった。背景には、木目のカウンターと、昭和特有の柔らかな黄色い照明。その光が、頬の紅潮や口紅の艶まで優しく包み込んでいる。この人がもうこの世にいないなんて、どうしても信じられない。

他にも、壮年の溌剌としたバーテンダーが、ボトルを軽やかに振る姿。グラス越しに笑い合う常連客たち——男も女も、みな未来を疑わぬ顔をしている。写真の中では、煙草の煙すらも光に溶け、時が止まったままの空気が閉じ込められていた。

お招きいただいた新しいオーナーに促され、カラオケを歌う。選んだのは、関西人なら誰もが口ずさめる円広志の「ハートスランプ二人ぼっち」。古びたスピーカーから流れるイントロは、埃の匂いと混じり合い、昭和の夜を呼び戻す呪文のようだった。声を張り上げながら、これが鎮魂になればいいと祈る。

歌い終えて古びたアルバムをめくると、そこには若さのきらめきが光を閉じ込めたまま並んでいた。艶やかなドレス、紅潮した頬、涙ににじむ笑い声。その一瞬は永遠のように見えたが、時は容赦なく流れ、すべてを黄昏の底に沈めていった。

——だが、終わりがあるからこそ、人の営みは輝く。朽ち果てることを約束された夜だからこそ、その笑顔はひときわ美しい。今を生きること——それは、滅びを知りながらも光を抱く、唯一の抵抗なのだ。


この記事が気に入ったら
フォローしてね!

共感したらシェア

この記事を書いた人

吉田 皓一のアバター 吉田 皓一 ジーリーメディアグループ代表取締役

奈良県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、朝日放送入社。総合ビジネス局にて3年勤務ののち、ジーリーメディアグループ創業。台湾香港に特化した日本観光情報メディア「樂吃購(ラーチーゴー)!日本」を運営する。台湾での著書に「吉田社長的台日經濟學」など。台湾でチャンネル登録35万人のYouTube「吉田社長JapanTV」運営。歌手として、47都道府県を47曲歌う「音(on)Bouund Project」推進中。HSK漢語水平考試6級(最高級)及び中国語検定準1級、国際唎酒師(中国語)所持。

目次