大企業でもベンチャーでもない、中小企業という選択肢

会社をつくると、その先には二つの「成功」があるように語られる。

一つはIPO、株式上場。 もう一つはM&Aによる会社の売却だ。

会社を大きく育て、株式市場に送り出す。あるいは、より大きな企業に売却し、多額の創業者利益を得る。スタートアップの世界では、これらを「EXIT」と呼ぶ。

もちろん、どちらも立派な成功だ。大きなリスクをとって、巨人に正面から挑む起業家を、私は心から尊敬している。

しかし、会社の行き先は、本当にその二つしかないのだろうか。

私は会社を創業して14年になるが、今のところIPOをするつもりはない。会社を売るつもりもない。最初から、そこを目的地にしていない。

自分でつくった会社を自分たちで持ち続け、毎年きちんと利益を出す。その利益を社員や取引先、新しい事業に還元しながら、30年、50年と続く会社をつくる。

IPOでもなく、M&Aでもない。第三の道がある。

これは、これから起業する人に伝えたいことであると同時に、就職や転職を考えている人にも伝えたいことだ。起業家の成功が上場か売却かで語られるように、働く側の成功も「大企業か、上場企業か」で語られがちだからである。

会社をつくる側にも、会社を選ぶ側にも、第三の道がある。

目次

中小企業は、未完成の大企業ではない

「中小企業」という言葉には、どこか消極的な響きがある。

大企業になれなかった会社。 資金も人材も足りない会社。 いずれ淘汰される会社。

実際、中小企業はよく、大企業に比べて生産性が低く、効率が悪く、給料も安いと指摘される。だから整理統合して、大きな会社にまとめるべきだ、と。近年、この議論は政策の場でも、堂々と語られるようになった。

私は、それに真っ向から抵抗してみたい。

たしかに、小さいまま低生産性に甘んじている会社は多い。それは事実だ。しかし、「小さい」と「弱い」は、同じ意味ではない。小さいまま強くなる道を、誰も本気で示してこなかっただけだ。

小国だって、強くなれる。

中小企業は、大企業になる途中の未完成な姿とは限らない。

会社を国にたとえるなら、私はアメリカや中国のような大国をつくりたいわけではない。

人口を増やし、領土を広げ、あらゆる産業を抱え、規模そのものを競争力に変えて世界の覇権を争う。企業でいえば、社員数と売上を増やし続け、次々と新しい市場へ参入し、巨大な企業集団をつくるような経営だ。

それはそれで壮大な挑戦だが、私が目指したいのは、むしろデンマークやスイスのような会社である。

デンマークは人口600万人ほどの小国でありながら、海運のマースク、製薬のノボノルディスク、玩具のレゴ、ビールのカールスバーグ、物流のDSVなど、世界的な企業をいくつも生み出している。

スイスも人口900万人ほどだが、食品、製薬、金融、精密機械などの分野で、世界に強い存在感を持っている。

どちらも国土や人口では大国にかなわない。しかし、豊かで、生産性が高く、独自性があり、簡単には代替されない。

何もかも自分たちでやろうとするのではなく、自分たちの強い分野を理解し、そこで世界的な価値を生み出している。

会社も同じではないか。

社員を何千人、何万人と抱えなくてもいい。あらゆる事業に参入する必要もない。限られた人数でも、一人ひとりが高い能力を持ち、十分な報酬を受け取り、特定の分野で世界に通用する価値をつくることはできる。

小さいが、豊かである。 小さいが、世界と直接つながっている。 小さいが、働く人の報酬は高い。 小さいが、他社にはできない仕事をしている。 そして、小さいが、簡単には潰れない。

アメリカや中国になれなかった国が、デンマークやスイスなのではない。

それぞれに違う強さと、違う繁栄の形がある。

↑日経新聞社が年に1度、優れた商品・サービスを表彰する「日経優秀製品サービス賞」。当社は、日本を代表する大企業と肩を並べ本賞を受賞し、東京帝国ホテルで表彰式に臨んだ(2016年)。

巨人と同じ戦場では戦わない

今の時代に新しく事業を始める企業にとって、小さく強く生きることは、極めて合理的な戦略でもあると思っている。

インターネット黎明期に起業していれば、まだ誰も手をつけていない広大な土地があったのかもしれない。

しかし、私が起業しようとサラリーマンを辞めた2010年代には、検索、EC、広告、ポータル、SNS、動画、ニュース、旅行予約など、ほとんどの大きなドメインを大手企業が占領し尽くしていた。

今から正面突破でそうした巨人に打ち勝ち、数千億円規模の時価総額を狙うのは、極めて難しい。

もちろん、不可能ではない。そこへ挑む起業家もいるし、実際に新しい巨大企業が生まれることもある。

正直に言えば、私もそのゲームをやりたかった。巨大な資本を動かし、社会のインフラになるようなサービスをつくる。その醍醐味が分からないわけではない。

ただ、生まれてくるのが遅すぎた。不遜な言い方をすれば、伊達政宗の心境(ファンの方すみませんw)。奥州で名を上げ、いざ天下を狙おうとしたときには、秀吉の天下統一が目前だった。

AIは、インターネット革命以来のインパクトを持つといわれている。確かに、AIによって小さな会社や個人にできることは飛躍的に増えるだろう。当社も、その恩恵を最大限に活用したい。少人数がAIを使い倒し、かつて100人が必要だった仕事を数人でこなす。それは、まさに「小さな強国」の武器になる。

しかし、AIがインターネット黎明期のような「誰もが自由に開拓できる広大な空白市場」を、もう一度出現させるとは思っていない。

AI革命によって、30年前のインターネット革命のように、日本国内で、時価総額数千億から1兆を超えるような新しい巨人が次々に生まれるとは、やはり思えない。

だったら、巨人と同じ土俵で規模を競わなければいい。

たとえば大企業には市場が小さすぎる。 外国企業には文化的な理解が難しすぎる。 普通の中小企業には専門的すぎる。 しかし、自分たちには誰よりもよく分かる。

そういう狭く、深く、複雑な場所で戦う。自分たちの強みを深く掘り、簡単には代替されない存在になる。

大きく勝つのではなく、小さく強く生きる。

SNSでは、個人が大企業を凌駕する

これだけSNSが発達した今、大企業でなくても、世の中に大きなインパクトを与えることはできる。

当社は創業以来、SNSを活用することで発展してきた会社だ。

2011年、まだ「インフルエンサー」という言葉が一般的でなかった時代に、私は一人で、Facebookで台湾華語を駆使して発信を始めた。1年間で、台湾で数十万人のフォロワーを獲得した。広告費も、広告代理店も、チームもなかった。あったのは、言葉と、毎日投稿し続ける根気だけである。

そのフォロワーを土台にして、訪日メディアをつくった。今では月間利用者数300万人。人口2300万人の台湾で、圧倒的なナンバーワンである。

今、当社のYouTubeには40万人以上、Facebookには100万人、Instagramには30万人のフォロワーがいる。人口わずか2300万人の台湾で、である。

これは、資本の力で獲得した数字ではない。

そして、もう一つ付け加えておきたい。これは、もはや「社長個人の発信力」でもない。

創業当初は、たしかに私一人の発信で会社が回っていた。しかし今、YouTubeは社員が企画し、社員が出演している。

私は歌を歌い、飲食店をやり、日本酒をつくり、まったく違う畑を耕している。

社長が本業の真ん中に居座らないからこそ、社員が実力を発揮できる。創業者の発信力に依存する会社から、社員の発信力で動く会社へ。この14年で、そこは意識して変えてきた。

今は、大企業が資本で殴り合うだけが勝負ではない。InstagramやYouTubeでは、むしろ個人が大企業を凌駕するパワーを持つ。一人の発信者が、何百人の広報部門より多くの人に届く。そういう時代に、私たちは生きている。

大企業は、多くの乗客と荷物を載せた巨大客船である。安定していて、遠くまで航行できる。しかし、コンプライアンスという重い積み荷を抱え、氷山が見えても、舵を切るまでに何段階もの承認が要る。

いうなれば、我々は氷山を巧みにかわしていく、モーターボートだ。

船体は小さい。豪華な客室もない。しかし、氷山が見えた瞬間に舵を切れる。そして、常にエンジンを入念に磨くことをやめない。速さは、日々の手入れからしか生まれないからだ。

小さいことは、SNSの時代においては、弱点ではない。速さと自由という、最大の武器である。

なぜ、IPOを目指さないのか

念のため、IPOについても冷静に書いておきたい。

上場を目的地にしていない、と書いた。では、なぜ目指さないのか。理由は、感情ではなく構造にある。

第一に、東京証券取引所自身が、小さく上場することを歓迎しなくなった。上場維持の基準は引き上げられる方向にあり、「小さく上場して、小さいまま居続ける」ことは、制度として許されなくなりつつある。上場後に成長が止まった会社は「上場ゴール」と批判される。上場はゴールではなくスタートだといわれるが、そのスタートラインは年々高くなっている。

第二に、機関投資家は、時価総額が小さい会社をほとんど見ない。スモールIPOは個人投資家頼みになり、流動性は乏しく、株価は業績と無関係に揺れる。そこに経営者の時間と神経を割く意味が、私には見いだせない。

第三に、そもそも資金調達の必要がない。当社は、自分たちの利益で事業を回している。株式市場から資金を集める理由が、ない。

上場にふさわしい会社と、上場しないほうが価値を出せる会社がある。当社は、後者だと思っている。

「上場している=ちゃんとした会社」とは限らない

就職活動をしている大学生は、「上場している会社=ちゃんとしている、いい会社」というイメージを持っているかもしれない。

それは、必ずしも正しくない。

サントリーホールディングスは、非上場企業だ。売上数兆円、世界中にブランドを持つ日本を代表する企業が、株式を公開していない。

象徴的なのが、ビール事業である。サントリーは1963年にビールに参入したが、その後40年以上、ビール事業は赤字だった。

上場していれば、撤退や売却を求める圧力は、はるかに強かっただろう。四半期ごとに赤字を報告し続ける事業を40年間抱え続けるには、株主に説明し続ける覚悟か、説明しなくていい株主構成のどちらかが要る。

だが、彼らはそれを大切に育て続けた。そして40年後、プレミアムモルツという大ヒット商品が生まれた。

「やってみなはれ」に象徴される大胆な挑戦と、安定した株主構成は、無関係ではないだろう。

私は、こういう超長期的な視点に立った経営を志向したい。10年で結果が出なければ切る、ではなく、意味があると信じるものを、40年でも育てる。それができるのは、誰の顔色も見なくていい会社だけだ。

最近は、一度上場した会社がMBOによって非上場に戻る例がとても増えてきた。四半期ごとの開示や株主対応から離れ、長期の視点で経営をやり直したいという判断だろう。

私は仕事で、上場企業とも非上場企業とも付き合う。どちらにも優秀な人がいる。ただ、非上場企業の社員と仕事をしていると、しばしば驚かされることがある。判断が速い。やりたいことを、その場で決められる。それは本人の能力というより、会社の構造がそうさせているのだと思う。上場という仕組みは、どうしても承認の段階を増やす。非上場には、その段階がない。

上場は、会社の信用の一つの形ではある。しかし、会社の良し悪しを決めるものではない。

寄らば大樹の代償

就職活動中の人たちに、特に伝えたいことがある。

「寄らば大樹の陰」という発想は、分からないでもない。大きな会社に入れば、親は喜ぶ。友人は尊敬する。合コンでもモテる。福利厚生もいい。

それは事実だ。否定するつもりはない。

しかし、その代償がある。

裁量は小さい。その割に、上からの圧力は大きい。そして、自分の生殺与奪の権を、会社に委ねてしまう。どこに配属されるのか、どこに転勤するのか、何を担当するのか。その多くを、自分では決められない。

中小企業のメリットとデメリットは、まさにその逆である。親は心配するかもしれない。友人は首をかしげるかもしれない。合コンでは説明に時間がかかる。しかし、裁量は大きく、自分の仕事の結果が自分に返ってくる。

どちらが正しいという話ではない。ただ、「大樹であること」だけを判断基準にすると、誤る。

誰のために、何のために働くのか。もう一度、考えてほしい。

親が喜ぶからか。 友人に「すごい」と言われたいからか。 合コンでモテたいからか。

じつは私も、そう思ってテレビ局に入った。

↑おれの就活当時のバイブル。これが全てだった (防衛大から慶應にいきなり飛び込んだら、”モテたい”以外に動機がなかった)

だから今なら分かる。というより、断言できる。

それらの効用は、一瞬である。入社した春に最高潮に達し、名刺を配りまくり、秋頃にはもう、その高揚感は消えている。残るのは、疲労感を帯びた、ストレスフルな毎日だけだ(これは会社によるけど)。

大企業を選ぶなとは言わない。私自身、大企業で学んだことは多い。ただ、他人の目という基準だけで、自分の毎日を決めるのはやめたほうがいい。

一見バラバラな事業を、自由につくる

当社の主力事業は、台湾・香港向けの訪日観光メディア「樂吃購!日本」である。

しかし、それだけをやっているわけではない。

「日本と台湾をつなぐ」その明確な目標のために、訪台日本人向け(インバウンドではなくアウトバウンド)メディアを立ち上げたり、台湾政府観光局と共に、日本人向け台湾観光振興に注力している。

代々木では「小料理よし田」という本格日本料理店を経営している。

これまで、奈良の酒蔵と一緒に、日本酒「これあらた」もプロデュースした。台北では、日本各地の魅力を紹介するアンテナショップ「MiCHi cafe」を運営した。

YouTube番組をつくり、私自身が台湾華語で歌い、日本各地を舞台にしたミュージックビデオも制作している。

一見すると、ずいぶんバラバラなことをしているように見えるかもしれない。

しかし、私の中ではすべてつながっている。

日本の魅力を台湾に伝える。日本と台湾の間に、これまでになかった接点をつくる。

普通の上場企業であれば、株主からこう言われるかもしれない。

「なぜメディア会社が飲食店をやるのか」 「本当に採算は合うのか」 「説明してほしい」

株主から見れば、当然の指摘だと思う。

しかし、説明なんかできないのである。そもそも説明してもそのとおりになるとも限らない

幸い、当社の株主は私一人である。すべてのことは、最終的には自分の責任で決められる。

すぐに利益になるかどうかだけではなく、事業が社会の健全な発展に資するものであり、更にいうと自分たち自身が「これ、オモロいんちゃうか」、「わからんけど、やってみようや」という基準で投資できる。

現代に効く老荘の思想

100%オーナー企業と聞くと、「社長のワンマンではないか」と思う人がいるかもしれない。

当社は、その逆である。

老子に、リーダーの四つの段階を説いた言葉がある。

太上、下知有之。其次、親而誉之。其次、畏之。其次、侮之。

四流は、部下に侮られている。 三流は、部下に恐れられている。 二流は、部下に慕われている。 一流は、存在が知られているだけ

そうありたい、と思っている。社長が何をしているか社員がよく知らなくても、会社が回っている。それが理想だ。

ただし、放置していれば組織がうまくいく、というわけではない。

何もしなくても回る仕組みをつくることは、簡単ではない。むしろ、毎日指示を出すより、はるかに難しい。

部下を信じる。成功すれば、部下を褒める。失敗すれば、上が責任を取る。

その繰り返しだ。

これを続けていると、社員は失敗を恐れなくなる。恐れない人間は、挑戦する。そう信じている。

自由は、利益によって守られる

ただし、自由に事業をするためには、利益が必要だ。

「夢がある」「地域のためになる」「面白いからやりたい」と言っているだけでは、単なる道楽になってしまう。

本業でしっかりと利益を出す。社員に十分な給与と賞与を支払う。税金を納め、不測の事態に備えて会社に資金を残す。

その土台があって初めて、時間のかかる事業や、採算だけでは測れない挑戦に投資できる。

ベンチャーが万年赤字を掘り続けても許される時代は、もう終わった。投資家も、夢から覚めた。

赤字であること自体が悪いのではない。製薬や研究開発のように、将来の利益を生むための先行投資であれば、赤字には合理性がある。

問題は、売れば売るほど赤字が増え、黒字化への道筋もない事業だ。1万円を稼ぐのに、1万1千円かかる。規模を広げるほど、損失が膨らむ。こんなものは、ビジネスとは言わない。

それは経営ではない。他人の資金を燃やして、時間を買っているだけだ。

株式市場から資金を調達せず、会社も売らないのであれば、自分たちが生み出した利益によって、自分たちの自由を守らなければならない。

本業で利益を出し、内部留保を蓄え、必要なときには自分たちの資金で挑戦する。

ここで、よく受ける問いに答えておきたい。

「インバウンドの冷え込みや地政学リスクのようなマクロショックが来たら、どうするのか」

たしかに、当社の主力事業は訪日観光に連動している。台湾と日本の間に何かが起きれば、影響は避けられない。

しかし、大手だって無縁ではない。リーマンショックのとき、規模の大きさが会社を守ったかといえば、そうではなかった。巨大な固定費は、売上が急減した瞬間に重荷になる。規模は、平時には安定に見える。しかし有事には、それ自体がリスクになる。

当社は、コロナショックを切り抜けた。訪日客がゼロになった、訪日観光メディアがである。一人も解雇しなかった。

なぜ切り抜けられたのか。小さいからだ。固定費が軽く、意思決定が速く、内部留保があり、株主や銀行に急かされない。事業の軸足を一時的にずらすことも、自分たちだけで決められた。

恐竜が死滅したとき、ネズミは生き残ったように、大きいことは、ショックに強いことを意味しない。むしろ、環境が激変したときに生き残るのは、小さく、身軽で、食べる量が少ない生き物である。

不況が来ても慌てない。主要な取引先を一つ失っても、社員の生活をすぐには脅かさない。短期的に採算が合わない事業でも、意味があると判断すれば育て続けられる。

911同時多発テロ、リーマンショック、東日本大震災、コロナショック、ウクライナ戦争。いずれも「数十年に一度」「一生に一度」レベルの出来事だが、この20年そこらだけでも、これだけ多くの、ブラックスワン(起こり得るはずのない出来事)が起こった。これから10年、20年のあいだにも、同様あるいはそれ以上のブラックスワンを、我々は目の当たりにするだろう。そのために、強靭な組織を作っていかねばという危機感は、毎日感じている。

プレーリードッグのように、周りに注意を張り巡らし、いち早く危険を察知できるようにしたい。

誰にも止められないからこそ、自らを律する

100%株主であるということは、誰にも止められないということでもある。

会社の金を何に使うのか。どの事業を始め、どの事業から撤退するのか。最終的には、すべて自分で決められる。

それは大きな自由であると同時に、大きな危険でもある。

だからこそ、オーナー経営者には、法律や制度だけではない「自らを律するガバナンス」が必要になる。

耳は二つ、口は一つ。

自分が話す以上に、人の話をよく聞く。社員や取引先、専門家から異論が出たとき、それを邪魔な声として排除しない。

都合の悪いことを隠さない。 嘘をつかない。 失敗を他人のせいにしない。 責任から逃げない。

中国王朝最高の治世を敷いたという皇帝・太宗は、自分に対して批判や耳の痛いことを言うポジションを新設し、重用した。そのエッセンスが、この書籍↑に詰まっている。

誰にも強制されないからこそ、誰よりも高潔であろうとしなければならない。誰にも開示を求められないからこそ、誰よりも透明であろうとしなければならない。

「自分の会社なのだから、何をしてもいい」ではない。

自分の会社だからこそ、そこで働く人、その家族、取引先、顧客に対して、より重い責任を負う。

それが、100%オーナーであることの条件だと思っている。

第三の道

資金調達額や時価総額、売却額。それらは分かりやすい。数字も大きく、ニュースにもなる。

一方で、世間から注目されなくても、毎年きちんと利益を出し、社員に高い報酬を払い、税金を納め、取引先との信用を積み重ねている会社が、日本中にある。

派手ではない。しかし、強い。

自分たちに合った規模で、十分な利益を出す。社員に報い、自由な発想を大切にし、自分たちにしかできない面白い仕事に挑戦する。

中小企業であることは、成長を諦めることではない。何を成長と呼び、何を成功と呼ぶのかを、自分たちで決めることだ。

アメリカや中国のような大国ではなく、デンマークやスイスのような小さな強国を目指す。

巨大客船とは違う航路を、モーターボートで走る。氷山をかわし、エンジンを磨き続ける。

大きさではなく、密度で勝つ。小さく、強く、自由に生きる。

大企業でもスタートアップでもない第三の道として、中小企業の新しい形を模索し続ける。

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この記事を書いた人

吉田 皓一のアバター 吉田 皓一 ジーリーメディアグループ代表取締役

奈良県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、朝日放送入社。総合ビジネス局にて3年勤務ののち、ジーリーメディアグループ創業。台湾香港に特化した日本観光情報メディア「樂吃購(ラーチーゴー)!日本」を運営する。台湾での著書に「吉田社長的台日經濟學」など。台湾でチャンネル登録40万人のYouTube「吉田社長JapanTV」運営。歌手として、47都道府県を47曲歌う「音(on)Bouund Project」推進中。HSK漢語水平考試6級(最高級)及び中国語検定準1級、国際唎酒師(中国語)所持。

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